2012年6月5日火曜日

美意識



日曜日の夜、クライアントの「Kさん」、友人の「S君」と久しぶりに
京料理 「緒方」を訪れました。

今の旬は舞鶴のとり貝なのですが、今日はその話ではなく
緒方の主人「緒方俊郎」氏の美意識のことです。

ずっと緒方さんの料理って何だろうって考えてました。
何度か伺うようになって、お店にちょっと馴染んで落ち着き
「しつらえ」をみる余裕も出てきました。

それまでは出される料理に負けまいと舌を敏感にし、
一品一品と対峙するような気持ちでいました。
何かコメントしなくちゃみたいな力んでるところがあって、
地に足がついてないなあと自分でもわかってました。



















その日、カウンターの向こうには1枚の板らしきものが
掛けてありました。

何か野地板か床板のような気がしたので「これは軒か
何かの板ですよね?」と尋ねると、「軒先の板です」と
言われ「天平時代のものです」とさりげなく言われた。
天平ってそれ奈良時代じゃないですか!
そんなものがこのお店に普通に掛けてある。
「値段のつけようがないものでしょ?」
「そうです、でも自分で買ったんです!」
何か緒方さんの底知れぬ美への探究心を感じた。

そうやってもう一度ゆっくり店のしつらえを眺めてみると
何度眺めてみてもいいなあと思う京聚楽の壁、換気のため
開けてある辺りは外気と触れて味のある黒ずみが現れている。
天井の細工、坪庭がまた別物に見えてきた。
数奇屋の名匠「中村外二工務店」らしい仕事。
玄関を入った待合には大ぶりのヤマボウシが活けてある。

最初に出された飯には水尾の柚子の花が添えられ














焼霜仕立てのあぶらめには季節を現す早苗が。。














漆黒の椀の中には唯一新玉葱が花びらのように浮かんでいる。














椀蓋に描かれた蒔絵、露に濡れた葉の風情。














じゅんさいと梅、そこに映る光が水面のゆらめきのよう。














「削ぎとっていく美」茶の湯や生花に通ずる
彼の料理美学を今回本当に思い知らされた。
この店に入った瞬間から彼の料理が始まり
またしつらえもそれを補うようにしっかりと考えられている。
すべてが計算されているのに「なんとまあ、ありのまま」。

彼の料理を前衛的と表現する人も多いと聞くが
いやいや僕はこの人、「本当に日本料理を作ってる!」と感じた。

次の機会があれば是非緒方さんと料理以外のところを
お話してみたい。
きっと凄い人たちが彼を支えているのだろうなあ。

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