2011年8月20日土曜日

頭が痛い!





以前からずっと頭が痛いのが写真のポジフィルム保管。

デジタルカメラに買い換えるまで、海外の写真はすべて一眼レフカメラでポジ撮影していた。
ポジフィルムはスライド映写などに使うが、ネガのように画像が反転していない。
撮影したままの美しい画像を見ることが出来る。

ここに保管してあるのは36枚撮りのフィルムを、手垢がつかないよう手袋をし、
ハサミで1枚ずつカットして、マウントと呼ばれるプラスチックのケースに1枚ずつ収めたもの。
ざっとこれだけで2500枚ほどある。
これ以外に未整理のフィルムが1000~1500カットあり、まだ手がつけられない状態で
置いてある。
ある意味僕の大切な宝物なのですが、デジタル時代にあっては無用の長物になってしまった感がある。

このまま置いておくと、熱や紫外線で劣化してしまうため何とかしようと思うのだが、
フィルムをデジタル化しようと、卒倒するほど費用がかかるため非常に躊躇しています。

スキャナーで読み込む方法もあるのだが、出来るだけ美しく画像精度を残したいので
自分でスキャンはしたくないなあと思案してしまう。

ポジフィルムはデジタル画像にはない色気というか、艶があるんですよね。
フィルムもフジ(原色が鮮やか)とコダック(赤系の発色がいい)を使い分けて撮影していて
たまにスライド映写機で壁に映したりするんですが、すべてに思い出があり、懐かしく
心地よい気分にしてくれます。
特にアジアのリゾートホテルの写真なんか何とも言えない情緒があります。

でも映せば映すほど劣化していく。。。。う~ん頭が痛い!



2011年8月16日火曜日

お地蔵さん




お盆休みも今日で終わり。
この休みの間に片付けたい仕事のうち、やっとプレゼン用の模型制作のメドがつき、
何とか昼ごはんにありつけそう。

お昼時、いつも食べに行く「ZEN」は今日までお休み。
仕方なく近所をうろうろしながら開いている店を探してた。

近所にあるシティホテルの路地を入ったところにかわいらしいものを見つけた。

この通りはあんまり通らないので、気づかなかったのだが
小さなお地蔵さんが祀られているのを発見した。


ブリーゼタワーが目の前にドーンと迫る堂島の路地
ここを入ったところに本当に目立たないように祀られています。

ビルとビルの隙間、すぐ横には電柱が被さるように立ってるし、
お地蔵さんの上には配管やガラリなど色々なものが飛び出していますが、
幅45センチ程のステンレスの祠が、上手くカバーしてくれて雨もあたらず
何だかホッとしたお顔をされている。

いつも誰かがお参りしてくださっているようで、お花や供え物も新しい。


いつの頃からあるのだろうか、このすぐ南側には大阪で1、2を争うほど古い

堂島小学校があった(今は廃校になり去年取り壊されてしまった)森繁久弥さんも通ってたらしい。

昔は近所の子供達を集めて地蔵盆なんかが行われていたのだろう。


そういえばこの辺りに住んでいるお子様を見た記憶がない!

古い住宅は何軒かあるが、子供が路地で遊んでる姿を見たことがありません。


みんな何処へ行ってしまったのだろう。



お地蔵さんがちょっと寂しそう。




2011年8月14日日曜日

牛乳石鹸



ここ一週間程ブログを書いていなかった。

お盆休暇で別にサボっていたわけではない。それどころかお盆休みもない!

このところ、ずっと引きこもるように事務所で図面を描いたり模型を作ったりで
書こうと思うタイムリーなネタもなかった。

今日(14日)は「三世代家族の家」いや「四世代家族の家」のMさんご家族と
工事中の建物の構造軸組みを確認していただく約束になっていたので、
神戸市北区へ出かけた。
建築地は有馬温泉近くの高台で周辺に緑も多いし、かなり気持ちのよい風が
建物を抜けていく。夏でもエアコン無しでいけそうだ。

ただ、行き帰りの行程は日陰も少なくたっぷりと汗をかく。
事務所に戻る頃には汗を出し切って体中ベトベト状態になる。

こんな日は早く家に帰ってシャワーを浴びスッキリ、サッパリしたい。
でもなんとなく、液体ボディーシャンプーや外国製の高価な「しゃぼん」で体を洗うよりも
写真の「牛乳石鹸」を使いたい気分。
なんだかサラッとしてて、気持ち良さそうと思ってしまう。

昔からある(もう100年くらい前から製造されているらしい)石鹸。赤箱の他に青箱もある。
僕はこの石鹸がお気に入りなんですよね。あんまり余計なことしてなさそうで、
パッケージもなかなか味があるし、知らなかったのですが、ベルマークまで付いてる。
ベルマークは僕が小学生の時始まったんだよね。

話は横道にそれて申し訳ないのですが、大学4年から社会人になりたての頃
僕は東京の港区南青山7丁目(表参道の直ぐ近く)のちょっと面白いアパートに住んでました。

3階建てのそのアパートは1階に洋装屋さんと「ブリキのおもちゃ」なんかを扱う骨董屋さん。
2階に部屋が4つあり、3階は増築した「へんてこりんな部屋」が1つあって、それ以外は
洗濯物を干す屋上みたいになってて、誰でも自由に出入りでき、よくそこで僕も含め入居者が
「サンオイル塗りまくって身体焼いてました」
昔、ショーケン(萩原健一)と水谷豊主演のTVドラマ「傷だらけの天使」の舞台みたいな建物でした。
そんなドラマみんな知らないか。。。

このアパート、かなり古い鉄筋コンクリートの建物でその風情が気に入って
入居の申し込みをしたのですが、他の方に決まった後でした。う~ん残念と思っていたのですが、
大家さんが「長崎出身の人だったら会ってみたい」と連絡があり、お話してみると家主のお父さんが
長崎の出身で、私の母校「海星高校」の校長先生をなさってたそうで、何か縁があるというか
それならばと、決まっていた方をお断りになり僕が住めるよう配慮してくださったのです。

当然、部屋にはお風呂がありませんでした。一番近い銭湯は青山通りを渡り、
紀伊国屋という超高級スーパーを横切った裏手にあり、洗い桶にシャンプーと牛乳石鹸とタオルを入れて
青山通りをウロウロしてました。今考えればそんな場所に銭湯があったのもすごいけど、
桶片手に風呂上りボサボサの髪の毛であの通りを闊歩していたのもちょっと恥ずかしい。

そんな訳で牛乳石鹸は小さい頃からの愛着や思い出もあり、コンビニで1個100円で売ってるし
なかなか重宝してるんですが、この製造元大阪市城東区今福にあるんですよね。
一度会社見に行ってみようかなあ。。。そんな暇ないか!



2011年8月7日日曜日

サ・マーシュ








「海に背を向ける家」の奥様が先日打合せの際、
奥様お気に入りということで、お持ちくださった「サ・マーシュ」のパン。

とても美味しくて、スタッフとちょっとだけつまんでたら
止まらなくなって結局全部食べてしまった!
そして食べてしまってから「あっ写真撮ってない!」ということに気づいた。

まあ神戸は週に何回か行ってるし、美味しいから近々買いにいけばいいかと思ったのだが、
タイミングが悪くなかなか行けない。

先週やっと時間が取れて買いに行ったら定休日でした!!
それで今日こそはと、土曜日お客様とのショールームでの打合せの後伺いました。
場所は山手幹線の一本北筋、通称パールストリート沿い。すぐ傍に神戸 ムスリムモスクがあります。
「サ・マーシュ」は「ブランジェリー・コム・シノワ」の西川功晃シェフが独立され、
昨年秋にオープンされたお店。神戸の3つ星スパニッシュレストラン「カ・セント」にも
パンを供給されているそうです。

普通のパン屋さんだと、ショーウインドウ越しにパンがズラッと並んでて、
それをお客さんが勝手にトレイに取ってというスタイルだけどここは違います!
写真のように道からはお店が見えません。門をくぐって奥へ奥へ入っていって
扉を開けて初めてパンが並んでいます。


この扉の向こうに「サ・マーシュ」の世界があります。

でもトレイが用意されているわけではなく、パン棚の手前に一本の手摺りがあり、
そのバー越しにスタッフの方に欲しいパンの内容やカットサイズなどを告げ、
用意してもらったあと、レジに並んで支払いを済ませパンを受け取るというやり方です。
ヨーロッパのお店みたいな感覚ですね。
「メツゲライ クスダ」のハムや弓削牧場のチーズなんかも販売してます。



結局何だかんだ言いながらたくさん買ってしまいました。事務所今日は誰もいないのに。。。
パンの種類は左端が プロバンス風ハーブパン
(これEchileのバターとかオリーブオイルにつけるとより美味!だと思う)
細長いのは シラスのグリッシー二
(冷やしたカヴァとかスプマンテに絶対合う!)
上から下に プリミティブ イタリアーノ (ちょっとフォカッチャ風)
パンコンプレ アプリコ (刻んだアプリコットが入ってます)
野菜のガレット (粒コーンが入ってます)
オリーブミストオランジェ (グリーンオリーブとオレンジピールが入ってます)
最後に右端は クルミ、レーズンペイザンヌ 

名前よく覚えてたね?覚えられるわけがない!
「オジサンは名前覚えられないのでメモします」と言ったら、レジにズラッと並んだお客様を承知の上で
一つ一つの袋に名前を書いてくださいました。有難かったデス。
そしてお安い!です。また一つ美味しい店を教えていただきました。

神戸ムスリムモスクです。お店の斜め前です。


で、パンはといえば昨夜4コ、今朝2コ、今夜食べるプリミティブイタリアーノで
完食の予定です!プリミティブというくらいだから素朴で何にでも合うパンなんでしょう。


Mさんの奥様、ありがとうございました。




2011年8月6日土曜日

原爆



今日は広島に原爆が投下された日、そして9日は長崎に投下された日です。

僕は長崎の出身です。

長崎で働いていた僕の叔父(母の兄)は原爆で亡くなりました。

その日、疎開先で祖父の実家がある諫早市に叔父は帰って来ませんでした。
翌日、長崎市に叔父を探しに入った祖父は放射能を浴びてしまいました。

亡骸は発見できたそうですが、胸に大きな穴が開いていたそうです。
被爆して白血病を発症した祖父はいつも被爆手帳を持ち歩いていました。
でも80歳近くまで生きてくれて僕をかわいがってくれました。

二十数キロ離れた諫早でも投下された原爆の音がしたと母は話していました。
母が疎開せず長崎に残っていたら僕はこの世にいなかったかもしれません。

僕が住んでいた場所は原爆中心地からさほど遠くない場所で、平和公園や
飴のように折れ曲がった鉄塔や崩れた浦上天主堂石像などが置かれた
原爆投下中心地の公園、そして人々が水を求めて倒れていった浦上川が
魚釣りなどの遊び場になっていました。

でも一度見学に訪れた原爆資料館だけはとても怖くて二度と行くことが出来ませんでした。
大人になった今でも見に行くのはつらいかもしれない。



小学校4年の担任だった「W先生」は本当に色の白い女の先生でした。
夏休み前、先生が急に学校に来られなくなって、どうしたのかなあと

みんなで話していたのですが、夏休みに先生に会いに行こうということになり
爆心に近い坂本町のお宅へ出かけました。
先生は寝ておられましたが、みんなが来るととても喜んで、
起き上がり相手をしてくれたことを覚えています。

しかし、夏休みを過ぎても先生は学校には来られませんでした。
その後白血病で亡くなられたと母から聞きました。

小学校も中学校も原爆を体験された先生方がたくさんおられ
身体にケロイドが残る先生、ガラスの破片が身体に残ってて、
定期的に病院で摘出しないといけない先生、防空壕に入ってて
奇跡的に助かった先生(今でもずっと交流を続けています)
みなさん何かある度に原爆の恐ろしさを話されました。


この時期になると毎年自分の原風景的な事を思い出します。

でもそのむごたらしい傷や体験談は記憶されていますが、
それ以上に公園に咲くサルビアの赤い花や夾竹桃、強い日差し、クワガタ取り、
クマゼミの鳴き声などばかりが心に残っていて、それは多分、戦争が終わって
廃墟から復興し少年時代を過ごした平和な長崎の街そのものの印象なんだと思います。

今回の地震、津波、原発事故も子供達にはなんとか心の傷として残らないで欲しいと思います。
記憶として脳に刻まれるかもしれませんが、出来ればこれから先、楽しいことをたくさん経験して
そのことを思い出すようにして欲しいと思います。






2011年8月4日木曜日

真面目に仕事




昨日は8月8日に中間検査がある「三世代家族の家」へ検査前のチェックに伺った。

神戸電鉄「五社」駅を降りると、色々な種類の蝉の鳴き声に迎えられる。
クマゼミのけたたましい鳴き声はせず、アブラゼミ、ツクツクボウシに混じって
関西では珍しいミンミンゼミの声が道すがら僕を追いかけてくる。

現場では金物の固定作業が進められていたが、工程は順調のようだ。
大工さん、設備屋さんと打合せを済ませ、仕事の手を止めないよう
遠巻きに建物を見ていた。

写真は南側の遠景。2階軒下までドーンと壁が立ち上げっているように見えるが
実は手前に平屋の建物があり、その上は見晴いのいいバルコニーが載る。

帰り道、栗坊主を見つけた。
夏本番というのに季節は少し早回りをしているのだろうか。
来る時は聞こえなかった「カナカナ」があちらこちらで鳴いている。


健康のためにどこへ行くにも公共交通機関と自分の足を利用しているのだが
体中から汗を噴出し、衣服がベトベトになってもあまり苦にならなくなったし、
歩くスピードも格段に速くなった。健康になってきたのかな?

神戸の街を幾つか寄り道しながら、解体が始まった「海に背を向ける家」へ。

こちらはガレージと玄関、ホール、ホームエレベーター、階段など
地下1階に相当する部分をRCで作り、2、3階を木造で作ります。

まずは既存の基礎、ガレージを撤去です。お盆まで撤去作業です。

夕刻になる頃、さすがに汗をかきすぎて身体が塩分を欲しがっているのがわかります。
そんな時何をすべきか?僕の身体はある食べ物を要求します。
それは「ラーメン」です。とんこつとかではなくシンプルな醤油ラーメン!

よくよく考えてみたら、朝食以降今の時間まで何も口にしていなかった。
お腹も空いていたのでしょう。
梅田に到着したあと、思わずラーメン屋さんに駆け込んでしまいました。
体が欲している食べ物をタイムリーに摂ってあげるのが、健康には一番いいようです。






2011年8月2日火曜日

楽園




今年は蝉の羽化が少なかった。

この事務所が出来て2年目くらいに庭に芝生を食べる蛾の幼虫が発生したため
迂闊に薬品で駆除したせいか、蝉の幼虫も巻き添えをくったのかもしれない。

そのクマゼミたちも交尾を終え、産卵が始まっている。
庭の木の枯れ枝に卵管を差込み、次々と卵を産み付ける。

今日、仕事の合い間にナナミノ木を見たら数匹の雌が産卵していた。
写真のクマゼミの後ろにトゲトゲの「ささくれ」があるのがお判りでしょうか?
産み付けては前へ一歩ずつ進んでいる。

時々電線や光ケーブルに間違って産み付けてしまいトラブルを起こすこともあるそうだ。

この小さな庭にも食物連鎖や自然の営みがあり、
命をつなぎ止めるための昆虫や鳥達の葛藤を垣間見る時がある。
必死で生きること、命の大切さをこの小さな空間で事ある度に教えられる。

ここ、梅田の真ん中に自然にまかせた小動物たちの安楽の棲家を作ることが
出来たらと思うときもある。
大好きな画家「熊谷守一」さんの自邸の庭のようにはいかないだろうけど
ここに小さな宇宙を作ってみたい。

そうすれば幾つになっても、少年のような澄んだ瞳を持つ大人になることが出来るのだろうか。