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2014年7月1日火曜日

梅雨時の夢



懸案の兵庫県産ケヤキの無垢材でダイニングテーブル、椅子、食器棚を
作る計画が、やっと本格的にスタートすることになりちょっとホッとしました。
長さ4m 巾1.2m 厚さ12cmの1枚板です。
なかなか無い素材ですが、「Tokunaga Style」の徳永順男さんによって
命を吹き込まれていきます。出来上がりが楽しみです。

ということで僕も少しストレスが無くなりました。
色々なプロジェクトがちょっとづつ進んで気分的にとても楽になりました。

年明けからずっと夢見てるバカンスが現実味を帯びてきたような気もするけど
まあ世の中そんなに甘くはないから、ちょこっとだけ現実逃避してみましょう!

まずは、フィレンツェ郊外のフィエゾーレ。
フィレンツェの街を見下ろす高台ですが、僕はこの小さな集落が大好きで
街を見下ろす小路沿いで木苺やケッパーの実を摘んだり、
乾いた風が心地よいトスカーナの夏を堪能します。












トスカーナに飽きたら、アマルフィ海岸やカプリ島なんてどうでしょうか?
あまりにもベタ過ぎますか?
けれど、やはり美しいものは美しい!海の青さも半端じゃない。
それが南イタリアですよね。。。。
今の季節、本当に最高ですよ!




























青の洞窟は素人が写真撮るのは本当に難しい。。
なかなかピントが合いません。
撮った写真の中ではまだマシな1枚。

最後は大西洋に面するポルト郊外レサの海岸に作られたアルヴァロ・シザのプール。
バンバン写真撮ってたら、おまわりさんがすっ飛んで来て、
「こんなところで写真撮ってたら犯罪者と思われるから、あっちへ行け!」と怒られた。
そうだよね、考えてみたら水着姿のうら若き女性!?が大勢いらっしゃる。
そんな場所にカメラ向けてたら、そりゃ変態と思われても仕方ないか。。














僕的には世界的に偉大な建築家の作品を撮ってたんですがね。
最後にオチがついて日々駈けずりまわる現実に引き戻された気がしました。
当分は目の前の敵と格闘の日々でしょうね。。。

2014年1月25日土曜日

出島にて



母校である長崎海星高校に隣接するオランダ坂を下って
香港の裏町のような唐人町の街並みを
新地と呼ばれる中華街あたりまで少し歩くと
電車道の向こうに「出島」が広がる。

扇の形に例えられた「出島」の緩やかな輪郭線と同様に
その電車軌道は出島のカタチに沿って走っている。
その反対側(扇の要に近いほう)には中之島川が流れ
先ほどの曲線よりもう少し急な曲線で護岸が築かれているが
出島らしい面影を残す部分でもある。

僕が住んでた頃、長崎で坂本竜馬はそんなに話題に
上らなかったような気もする。
三菱を創設した「岩崎弥太郎」は造船の町だからよく耳にした。
むしろ、グラバーやもう少し前の時代のシーボルトなどの方に
親近感を持っていた。

最近、出島を歩いてみた。
整備が進み、往時の面影がどんどん蘇っているそうだ。
まだ、発掘調査も行なわれている。
































鎖国時代唯一海外に向かって開いていた出島。
歩けばほんの数分で島の反対側まで行ける。
こんな小さなところにオランダ人のカピタンをはじめ
数十人の外国人と、通詞や日常の世話をする
日本人が暮らしていた。

カピタンの部屋は出島の一番外海に近いところにあるが
来る日も来る日も新任のカピタンを乗せた母国船を
椅子に座って待っていたようだ。


















知識に飢えた往時の日本人達。

今の僕はそんな未知の知識に対して貪欲になっているのだろうか?
流されていないだろうか。。。
まだまだ立ち止まるわけにはいかない。。。

出島にはそんな知識に飢えた人々の熱い思いが
まだ石畳や漆喰壁に息づいているような気がする。

雨の出島に佇む武士のようなボランティアのガイドさん。
あまりにも美しかった。
細身のその躯体が当時の武士姿のようだ。




































2012年12月21日金曜日

イルミネーション



昨日は朝から集合住宅の現場打合せを終え、すぐに東京へ。

目黒区三田でリノベーションしている現場に向かった。
管理組合との申し合わせで土、日が工事出来ない、
夕方5時以降の工事ももちろん出来ないため、
工期を少し延ばして頂きました。

現場常駐している工務店の担当者と打合せした後、
「海に背を向ける家」の奥様から依頼されていた
ダイニング用キャビネット家具の現物を確認しに行く。
ショップが偶然にも現場から徒歩5分ほどのところにあり、
「恵比寿ガーデンプレイス」と目と鼻の先。

久しぶりにこの場所を尋ねたら、フランスのクリスタルメーカー
「バカラ」のとてつもなく大きいシャンデリアが目に飛び込んできた。





































全体は高さ5m、巾3m、クリスタルパーツ8472ピース
ライトは250灯あるそうだ。
やっぱり東京ですね、経済力が違います。


















シャンデリアを眺めていて思い出したことがあった。

先日の「Uさんご一家」と食事のあと、御堂筋を車で
移動したのだが、その時のイルミネーションがあまりにも美しくて、
お嬢さん達が車の中から写真を撮ろうとしたのだが、
上手く撮影出来なかった。

それで僕がちゃんと撮影して送るからねと約束したのだった。

慌てて新幹線に乗り大阪へ戻ってきて、淀屋橋へ!














大阪も負けじと(そんなにライバル心持たなくてもいいけど)
御堂筋は光の洪水です。。。。




























大阪もけっこう頑張ってる!この通りに面するお店も協力して
光のページェント。たくさんの人がそぞろ歩きしながら
この輝く冬の光景を楽しんでました。

いつもご家族でブログを読んでくださってるそうですが、
Uさんのお嬢さん達こんな感じでどうですか?
思い出しました?

明日は名古屋市で設計していた「抱きしめられる家」の地鎮祭。
施主のOさんご夫妻、いよいよですね。おめでとうございます。
年明けと共に着工し、夏には完成かな。

2012年9月20日木曜日

思い出探し



長崎へ帰る際にどうしてもして尋ねてみたかった場所の一つが
小学生の頃遊んでた阿茶墓(あちゃばか)という外人墓地。
長崎には大きな外人墓地が2つあります。
一つは坂本外人墓地、そして稲佐外人墓地。
稲佐町というところにあります。
小学4年生までこの町に住んでました。
















悟真寺という唐寺の墓地で阿茶さんたちやロシア人の
墓がたくさんありました。

長崎では鎖国時代唐人の方たちを阿茶さんと親しみを込めて
呼んでたそうで、その名残で僕達も(あちゃばか)と呼んでました。

墓地の入り口には2つの池があり、そこで仲間達と
魚釣りをするのが楽しみでした。















今では蓮が群生し当時の池の風情は無くなりましたが
本当は遊んではいけない場所だったので、
大人が通りがかるとよく怒られました。
池の横の石畳を少し行くと今をときめく「福山雅治」さんの
実家がありますが、僕が遊んでた頃は勿論彼は生まれてません。小学校の後輩ではありますが。。。


















橋を渡って墓地へ入ると当時のまま墓石が並んでます。
当時は雑草は生えてなく土のままだったと思います。
不謹慎かも知れないけれど鬼ごっこなどをして遊んでました。

母親からは「阿茶墓で遊んで怪我したら治らんから行くな」と
ずい分脅かされてましたが、子供がそんなこと聞く訳がない。
学校から帰ると近所の子達と(あちゃばか)へ直行。














こちらはロシア人の墓地。
よく考えたら日本的ではないものが自分達の生活範囲に
たくさんあったんですねえ。
その頃は当たり前と思ってたことが、特殊だったのかも。
オヤツもカステラの切れ端や中国菓子の月餅、
「よりより」という小麦粉をねじらせて油で揚げたものなどを
食べてました。














40年ぶりくらいにこの場所を尋ねましたが、
当時大きなクスノキに登ると長崎の港が見えてましたが
やっぱり今も変らない風景がありました。
この木に登ったかどうかは定かではありませんが。。


















その後、高校時代お腹を空かしてはお世話になっていた
三八ラーメンへ行ってみました。
相変わらずの佇まい。。。














あたり一面に漂う強烈なとんこつの匂い。
これがたまらんのです。九州人はみなこのとんこつで
育ってますからね。郷愁の味なんです。














最後にミルクセーキを食べに(飲みにではありません)
喫茶ウミノへ。
長崎ではミルクセーキはスムージーのように細かく砕いた
氷と混ぜシャーベット状になってます。
なのでスプーンですくって食べます。
こんなの食べたの40年ぶりくらいじゃないでしょうか。
美味しかった。

2011年12月22日木曜日

タイワンフウ



今年の春に完成した集合住宅「アーバネックス京橋プライマリーワン」
出来上がってからずっと気になっていたことがありました。

それはシンボルツリーに「タイワンフウ」という落葉樹を選択したのですが、
それが計画通りにちゃんと紅葉(黄葉)してくれたどうかということ。

気になっていたのですが、なかなか確認に行けなくて心配でした。
宣伝用に黄葉した「タイワンフウ」が入ったCGパースを作っていましたので
ウソになっては実のところ具合が悪かったのです。

今日、やっと確認しに行くことが出来ました。
もうかなり散りかけていましたが、結果は。。。写真の通りです。
ちょっとほっとしました。

まだ若木だし高さも5mほどしかありません。根付きもしっかりとしていないと思います。
だから葉も小さいし少なめです。
来年はもう少し大きくなって(最終的には10m程まで成長して欲しいと思ってます)
入居者を楽しませて欲しいと願ってます。

「タイワンフウ」はなんとなくカエデの葉に似ているのでよく間違えられますが、
カエデ科の木ではありません。マンサク科フウ属の木です。
写真のように赤色から徐々に黄変していき薄褐色になり落葉します。
紅葉も黄葉も楽しめるのでこの木をシンボルツリーに選んだのですが、
現地で落ち葉を拾い集めてきました。

紅葉(黄葉)の原理みなさんご存知だと思いますが、詳しく知りたい方は下記へ
www.phyton-cide.org/series8.html

玄関ホールの正面右手ガラス越しにに紅葉したタイワンフウが見えるように
レイアウトしてあるのですが、時期がちょっと遅くて下葉が落ちてしまってて。。

ちょっと残念!

2011年7月20日水曜日

ガード下とポスター





実を言うと僕はガード下が結構好きです。

おじさんたちがよく行く、ガード下の飲み屋が大好きと言う訳ではないのですが。
もちろんたまには行きます。

あの場所はなんだか薄汚れていて、あまり衛生的ではないかも知れません。
それと危なさそうで、女性には敬遠されそうですね。
でもなんとなく哀愁があって、それに日本では少ないのですが、
外国では落書きかポスター類がところ狭しと貼られてて、その汚れ具合というのか
貼られ具合というのでしょうか、色合いといい、貼り方といいなんだかいいなあと思います。
そんな写真を集めているので、アルバムにはポスター系の写真が結構ストックしてあります。
ある意味ポスターフェチかもしれません。

上の写真はどこのガード下でしょう?
     
これJR大阪駅と阪急百貨店の間にある大通りのガード下です。
僕は日本ぽっくなくていい感じだなあと思っているのですが。。
ポスター類がないのがちょっと残念です。

地下鉄中津駅から淀川の方へ歩いていく裏道にもいい雰囲気のガード下があります。
ガード下全体がコールテン鋼のあの錆具合に似ているのがいいのだと思います。
事務所近くのJRのガード下は哀愁がなくて全然ダメです。

下の写真なんかガード下とポスタースペースがセットになってて、
それに太陽の当たり具合がなんとも言えずカッコイイ。
ベルリン郊外の国鉄と路面電車が交差するガード下なんですが、いいと思いません?
ヨーロッパへ行くとこんな感じでポスターが一面貼られてて、
思わずシャッターを押してしまいます。
特にイタリアの街の貼られ具合がセンスあるなあと思います。


同じベルリンでも都心の駅に近いガード下はきれいになっちゃって、あんまり哀愁なんて感じません。
壁も天井もレンガ貼りでいい雰囲気なんですが、壁にアンカーが打ち込まれ
小型のカーテンウウォール用の金物でガラスが固定されていて、
ポスターなんか貼れそうにない雰囲気でした。落書き防止ようなんでしょうかね。




衛生的だとは思いますが、なんとなく味がないと思いませんか?


とにかく暇があればこれからも、せっせとガード下の写真撮りに精を出すと思います。







2010年10月17日日曜日

宝物その2




牛窓「櫻山居」では一通りの工事が終了し、施主による居室の塗装工事が始まった。

元々は工務店にて施工する予定の工事だったのだが、
自分達の住いを自分達の手で少しでも完成させたいという施主の思いと、
また床を「エゴマ油」、壁面を「Farrow&Ball」社の水性ペイントで仕上たいということもあって
個室部分の施工作業を自らされることになった。

今日はその作業様子を拝見に伺った。

「櫻山居」に伺うと、Kさん親子でひたすらペイント作業をされていた。
とてもきつい作業だけど、楽しくやってますと答えられるお二人。
コツを覚えてスピードアップ出来るようになったそうだが、
養生テープをきちんと貼っていくことが一番しんどかったらしい。
やはり大変な作業だと思います。
2階個室部分をペイントされるKさん。
このブルーは自分の部屋にどうしても使いたかったそうだ。

この1年近く牛窓へ通っていたが、「櫻山居」に隣接するオリーブ園の中に入る余裕もなかった。
Kさんからオリーブ園にある展望台から、一度敷地を見て欲しいと言われていたので
今回、丘の頂上にある展望台へ上ってみた。
遠くに小豆島、隣接する前島、そして牛窓の町並み。
木立の間、中央辺りの広くなっている場所が「櫻山居」
俯瞰してみると、いやー!実にすばらしいロケーションです。

凄いなあと思ったのは隣接するオリーブ畑が、すべて「櫻山居」の敷地に見えること。
とてつもなく広い敷地に建っているように見えるのです。
展望台から眺める人は随分広い敷地に建つ家だと思いますよKさん!

そしてこの「櫻山居」の宝物2つ目は「夕陽」
牛窓は「日本の夕陽百選」に選ばれるほど美しい夕陽が見られるのですが、
昨日も半端ではない美しい夕焼けを見ることができました。
先日の宝物のブログや写真を見た、学生たちがその光景を自分の目で確かめたいと
「櫻山居」へ同行していたのですが、夕刻、昼間晴れていた空がだんだんと曇り空になり、
今日は夕陽を見るの無理かなあと、学生達内心ちょっとがっかりしていました。
しかし、自然の神様は演出が憎いですねえ!
これから美しいショウが始まるなんて思いもよりませんでした
東の空の雲も茜色に染まり始めました。玄関アプローチも赤く輝きだします。

徐々に薄いオレンジ色から濃いオレンジ色へ空が変化していきます。
黒色のサッシも染まってブロンズ色に見えます。
その場にいた全員が呆気にとられこのショウを眺めていました。
暮れなずむ「櫻山居」。徐々にフィナーレと向かっていきます。


この間、時間にして40分ほど。そして日々違う夕景を見ることができる牛窓。
この夕陽を見ながら、お母様からこの場所を選んで良かった、
そして「スタジオクランツォ」に設計してもらって、
本当に良かったと、嬉しいお言葉を頂きました。
まだまだ宝物がいっぱいある「櫻山居」です。近々またご紹介します。














2010年9月11日土曜日

櫻山居とキャンティの谷





「櫻山居」のある牛窓、オリーブ畑や近所のジェラート屋さんに行く度、
イタリア フィレンツェ郊外キャンティの谷近くのモンテスペルトリ村に
暮らす女性「O」さんのことを思い出す。
フィレンツェでアパート暮らししていた頃、本当にお世話になりました。

とても面倒見がよくて、チャーミングでイタリア人の旦那が
彼女にぞっこんなのもよくわかる。

1児の母で家事をこなしながら、日本の雑誌などにイタリアの食文化や
ファッション、インテリアなどの記事を寄稿されている。

フィレンツェへ行った時は必ず立ち寄ったり、一緒に食事をしたり
食文化、ワイン、オリーブオイル、建築の情報などを教えてもらう。
僕よりもずっと年下だけど、気持ち的には頼れるお姉さんみたいな感じ。

彼女の自宅(奥の方)と弟さん夫妻の家。もともと馬小屋と農業用の
作業小屋だったらしいんだけど、時間をかけて改修したらしい。
彼のお父さんが今でもワインやオリーブオイルを作っているので
その畑のど真ん中に建ってます。
庭の向かいの丘には古いカステロ「城」が見えます。
その周りも葡萄畑とオリーブ林。なんせトスカーナですから。。。

サンフランシスコで一人暮らししている親友の「hisashi」にガールフレンドを
本当に一生懸命探してくれた。
イタリアにいる彼女が、日本在住の女性をアメリカに住む親友に紹介するなんて
なんだか地球規模のお見合い話になってどこの国でいつ紹介して、どこで会うんだ!と
ずいぶん盛り上がりました。


もうすぐ完成する「櫻山居」も古城は見えないけれど
それに負けない、すばらしい瀬戸内の風景が広がります。

日本でも、イタリアでも地元に根付いた材料で仕上げた家は
なんとも言えず美しい。






2010年5月3日月曜日

恋の季節


憲法記念日、誰もいない事務所で近々プレゼンする
フレンチレストランのライティングイメージを検討していたのだが
庭で鳥の鳴き声が騒々しい。

飛び立つ姿がチラッと見えた時、
太陽に照らされて羽の間から黄緑色のものがのぞく。
野生化したセキセイインコが飛んできたのかなと思った。

でも見えるのは雀ばかりで、インコなんていない。
しばらく観察していたら、雀たちが庭の芝生を根ごと抜いている。

   

口いっぱいに芝生の苗をくわえたら、事務所前の電柱へ飛んでいく。
何回もくわえては飛んでを繰り返してる。

何をしているのかなと気になり、電柱を見上げてみた。
  
写真ではわかりにくと思うが電柱に直角に固定されているスチールパイプの中に
巣を作ってるらしい。(左手写真の右側バーの上に芝生を咥えた雀がいます)
どうも1ペアだけでなくそれぞれのパイプにペアがいるようだ。
(右手写真、上のバー端っこから雀が顔を出してます。)

雀たちも恋の季節なんだなあ。必死で巣作り用の草を運んでました。
見てると協力しあって運ぶというよりも、ペアの一羽はただ見てるだけで
もう一羽が芝生をたくさん咥えているようなそんな気がします。
多分「雄」なんでしょうね!

奥さんにしっかり働きなさい!と言われているような気がします。。。。