2014年3月17日月曜日
MISTY
日曜日、神戸市東灘区岡本で進めているリノベーション工事の現場打合せ。
普通であれば木造住宅1軒は軽く建つであろう規模のリノベーション工事です。
時間をかけて打合せする余裕はないから、時間を作っては打合せです。。。
このところ常に後ろから追いかけられているような仕事状況で、休日にちょっと
休憩もしたいと思っていたのですが、打合せが予想以上に早く終わったので
夕方からの所用まで時間が空いた。
着替えをするために自宅へ戻ったのだが、3時間ほど時間が取れたので
珍しく自宅で住宅プロジェクトのドローイングをすることに(休息にはなってないけど)。
一人自宅でこんな時間を過ごすのは久しぶりだが、プロジェクトイメージに近い
音楽を聴きながらとBGMに選んだのはJAZZです。
1枚目はオランダ人無名ャズピアニスト Jos Van Beest の
「Because of You」 というアルバム。
なかなか聴きやすい耳障りのいいピアノトリオです。
よく聴いてみると、大好きな日本のジャズピアニスト「山下剛」に似てる。
JAZZに目覚めたのは僕が高校生の40数年前。
親には受験勉強をしているように見せかけながら、
ほとんどラジオの深夜放送を聴いていた頃。
マイルス、コルトレーン、ボサノヴァのスタンゲッツなどのプレイを
必死に聴いてた。
大学に入って間もないくらいから、東京のあちこちのジャズ喫茶へ出かけていたが
社会人になったばかりの頃、ジャズクラブで耳にしたのが山本剛の「MISTY」。
六本木の防衛庁(今はミッドタウンになってますが)近くのビル地下1階にあった、
この曲名と同じ「MISTY」というクラブ。
螺旋階段を降りていくと、彼が背中をまるめてこの曲をピアノソロで弾いていた。
そのメロディと独特の雰囲気にゾクゾクして、いっぺんに彼のファンになった。
カッコよかった。。。。。本当にカッコよかった。。剛さん。。。
写真はそのアルバム「MISTY」
そのクラブへ通っていた頃にお店で録音されたようです。
このアルバムの見開きの写真、まさにその彼がクラブ「MISTY」で
エロル・ガーナー、バラードの名作「MISTY」演奏中の写真!
それ以来、ずっとJAZZを聴いてる。
アトリエも一日中JAZZを流してる。スタッフはどうかわからないけど
僕はJAZZが流れていると仕事が捗ります。
あっ、そうそうプロジェクトのドローイング。。。
忘れてました。ずい分と捗りましたよ。
写真は聴き始めの頃にイメージした初期ドローイングです。。
スケッチブック1冊使い切り。。。。
2012年12月9日日曜日
幸せの色
この時期になるとあちらこちらからクリスマスソングが流れ、
不思議な事に行きかう人々はなんとなく幸せそうに見てくる。
ビング・クロスビーの甘い歌声で「ホワイトクリスマス」とか
聴いてしまうと幼い頃のことをすぐに思い出す。
それは毎年繰り返し思い出す、少年の僕にとって幸せだったと思うシーン。
クリスマスソングってどうしてこんなにも人を幸せな気分にしてくれるのでしょうか。
そして僕には幸せというか、心が「ほんわか」する色があります。
その色を見つけると10歳頃のいくつかのシーンが浮かんできます。
言葉で表現できない色なんだけど似ている色はないかと探してみた。
けれどなかなかぴったりの色は見つけられない。
僕は小さい頃長崎に住んでました。
当時長崎には「浜屋」と「岡政」という2つの百貨店がありました。
もうどちらの百貨店かは忘れてしまったけれど、
クリスマスが近づく頃の休日、家族で百貨店に買い物によく出かけました。
百貨店の地下にはお菓子売場があるのですが、
この時ばかりは好きなだけキャンディーやチョコを買ってもよくて
白地に濃いグリーンの模様が入った紙袋一杯にお菓子を詰め込みました。
その売場の風景は鮮明に覚えてます。
よほど嬉しかったのでしょうね。
お菓子を買った後、母は必ず1階の毛糸売場に立ち寄って
僕や妹のセーターを編むための毛糸を買ってました。
写真のような黄色ではなかったけれど、毛糸売場にあった
少しグリーンががった黄色の毛糸が、とてもおしゃれで欧米のような
外国の色に見えて目に焼きついていてしまった。
お菓子をたくさん買ってもらった嬉しさと毛糸の色が重なって
僕にはとても温かな幸せな色として記憶されてしまいました。
だからか、若い頃何度かその黄色に近い色のセーターを
見つけると幸せな気分になりたくて買った。
数日前、そんな事を思い出し、阪神百貨店のキャンディ売場で
大の大人いや、おじさんは少年になったつもりで籠一杯にお菓子を買ってしまった。
孫にあげるためと店員さんは思ったのだろうね、手際よく袋に入れてくれたけど、
本当はね、あの頃の幸せな気分をもう一度味わってみたかったんだ。
それから阪神や大丸の手芸コーナーへ行って黄色のあの頃の毛糸はないか
探してみたけど、最近はあんまりニットって編まないのかな、品数が少なかった。
阪急の手芸売場でやっと近い色を見つけて思わず買ってしまった。
また変なおじさんと思われたかも知れないけれど、事務所に戻って手にとり
やさしく毛糸に頬ずりをしてみた。
あの頃の気持ちが蘇り、すべての人に穏やかで優しい気持ちになれそうな気がした。
2012年7月22日日曜日
変らぬ気持ち
昨日は中部地方で計画されている住宅のプレゼンのため
早朝から模型などを持って待ち合わせ場所へ向かいました。
プレゼンの結果はすぐに判るわけではないのですが
精一杯頑張ったかなあという気持ちと、もうちょっとああしとけば
よかったかなの気持ちが交錯します。
夕方帰阪し、その足で神戸へ。
東京でのリノベーション計画打合せのため東灘区に。
昔から僕はフットワークが軽いです。本当に!
このお住まいを尋ねてゆっくりとお話するのは
何年ぶりでしょうか。
建物が完成して8年以上なりますが、内部はほんとんど
竣工当時のまま。
設計に3年近くかかりましたので、ご家族とは十数年の
お付き合いになります。
当時高校生だったお子様は30歳近いお歳になりました。
打合せもどちらかと言えば近況報告が主で、
何かお互いに分かり合えてる部分があるのでしょうか、
それとも阿吽の呼吸というべきなのでしょうか、
何となく伝えたいことはわかります。
久しぶりに伺って以前と変らぬ距離感でお付き合いを
頂いていることを実感しとても嬉しかったです。
時間を忘れ4時間以上話込んでしまいました。
そして東京での大掛かりなリノベーションの仕事を
当たり前のように依頼してくださったご夫妻に本当に感謝です。
何か旧友に会ったような「ほのぼのとした気持ち」を感じながら
今出来る精一杯の力で図面を描こうと思っています。
「人の為に一生懸命に尽くすこと」それがスタジオクランツォの
テーマの一つであり、私の生き方でもあります。
まだまだこれからプレゼン予定の皆様、手を抜かないで
一生懸命制作しておりますのでもう少しお待ちください。
2012年2月7日火曜日
モケットシート
建築中の「海に背を向ける家」は神戸市灘区。
阪急電鉄神戸線「王子公園駅」が最寄駅。
当然工事監理に行く時は、阪急電車を利用する。
皆さんは阪急電車の車体、内装をどのように感じていらっしゃるかわからないが、
僕はこの阪急電車のカラーが好きです。モケットのシートカラーがすごくいい!!
僕達の世代にはとても懐かしく哀愁のある色。

この写真のみWikipediaから転写
変な言い方ですが、なんだかとても愛おしいし、出来れば頬ずりしたい。
完全な変態ですね。モケットフェチ?。。。。まずいなあ。
でもね、人が腰を下ろしにくいところは深い緑で、常に座る部分は背もたれも含め
浅い緑色。これがたまらんのですよ!
ああっ!言っておきますが僕は鉄道オタクではありません。
単純にこの色が好き、そして少年時代の思い出がたくさん詰まってるモケット。
幼い頃の汽車(長崎は田舎でしたので電車は走っていませんでした)や
路面電車(チンチン電車)の座席はこの色のモケットシートが張られ
肘掛や背もたれのフレームは木製。それがちょっと年季が入った感じのあめ色。
家族旅行で乗った列車の向かい合わせシートや高校時代通学に使ってた
路面電車のロングシートで、横並びに座ったセーラー服のガールフレンドの髪が、
少し開いたあめ色の木製窓から吹き込む風でふあふあと乱れ、
それを直すしぐさがたまらなく愛おしかった思い出の色。
今は写真のように肘掛はステンレスになって風情はないけど
阪急のチョコレート色の車体とこのグリーンのモケットシートの組み合わせが
とても洗練されていると思うのは僕だけ?
すごく上品で、特に神戸線沿線の雰囲気にぴったりだと思うけどなあ。
このシートアンゴラヤギの毛織物だそうですが、どこかで一度使ってみたい。
その前に自分の住まいで試さないといけないか。。。。
ところで2月25日、26日は ASJ御堂筋スタジオ主催 「第4回 春の建築家展」に
参加いたします。お近くへお越しの際は是非お立ち寄りください。
会場は 大阪市中央区備後町2丁目6番8号 サンライズビル2F
また3月3日、4日、5日は ASJ紀伊・田辺スタジオ主催
「第5回 未来をのぞく住宅展」に参加します。
会場は 新宮ユーアイホテル B1 弥生の間 です。
2012年1月10日火曜日
タイムカプセル
事務所宛の郵便物の中に1通の手紙が混ざっていた。
差出人は見慣れない名前。
えっ ひょっとしてあの「Sさん!?」
封を切った瞬間、僕はタイムカプセルを開けてしまった気分になった。
長崎に住んでいた40年前、高校3年生の頃、僕には憧れている人がいた。
今でもハッキリと覚えている容姿。とても素敵な人だった。
少しだけ年上で、その頃はそんな年齢の人がとても居心地がよかった。
その後、東京の大学に進学した僕はSさんに何度か手紙を書いた。
それもAIR MAILの封筒を使って。。。。。
どんな内容だったかはさすがに覚えてはいないが、
多分ちょっと恥ずかしい内容でしょう。
そのAIR MAIL封筒が幸いしたのか、Sさんの長崎の実家に
その手紙はずっと置いてあったそうだ。
今は東京に住んでらっしゃるそうで、昨年末長崎へ帰省された折、
荷物を整理する中で僕のAIR MAILの封筒を見つけられたらしい。
インターネットで検索して、僕が大阪で仕事をしていることがわかり
手紙をくださった。
最後にお会いしたのは偶然に出合った博多駅か東京駅の
新幹線ホームだったと記憶してます。
手紙を頂いてとても嬉しかった。
なんだかとても大切な宝石を頂いたような。。。
手紙を読んだ後、封筒にそっと顔を近づけてみた。
なにか40年前のあの頃の空気や匂いが残っていそうな気がした。
2011年12月18日日曜日
愛しのチーズ
日曜日の夜、あるプロジェクトの最終イメージを固めるため
一人アトリエでパソコンを睨む。
大まかなイメージは出来ているが、細部のディテールを確定させるためには
自分の頭の中に完成パースを描き、それをヘリコプターに搭載したカメラのように
ぐるぐると回りながらチェックをする。
まあいつものことで、そう簡単にハイ出来上がりとはいかない。
30分睨んでは10分休憩。あんまり効率がいいとは言えないが、
自分の中ではこれがベスト!と思っている。
お腹が空くといいアイデアも浮かばない。ちょっと休憩。
今日は事務所に来る前、デパ地下で白かびチーズ(ブリー・ド・リヨン)と
フランスパンを買ってきた。それにシャンパーニュといきたいところだが、
我慢して近くのSTARBUCKSに行きカプチーノを用意。
この白カビチーズとフランスパンを食べる度思い出すことがある。
40年ほど前、高校生の頃ですが、何を思ったか学校のランチに
時々フランスパンと白カビチーズを持参していた。
確かに学校はフランス系のミッションスクールではあったが、
もちろん親が持たせた訳ではない。
その頃の友人と二人でお金を出し合い本当に昼ごはんとして買っていた。
地方の小都市長崎にはその当時輸入食材専門店は1軒しかなく、
高校生が行くような場所ではなかったが、当時その店がカッコよく見えたのだろう。
子供の小遣いで買うには高価な食材だったチーズ。
親には教材を買うんだと言ってお金をせしめてたような気もするが。。。
まあ小生意気な高校生だったんでしょう。デルモンテのピクルスとかも買ってたもんなあ。
クラスメイトからは「なんだコイツら。。。。」と冷ややかな視線を浴びながら。
その時の友人、今はレストランのオーナーになってます。。。
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